連載3回目:「我が道」を求め続けて(電気新聞2017年12月20日掲載)

「今年も庭の柿が実りました」とたくさんの柿が届いた。毎年届くこの柿を講師たちも生徒たちも「甘くておいしい」と喜んで頂く。送り主は13年前のOBである。
 彼はこの春、51歳で慶應義塾大学経済学部を卒業した。当学院で3種を学び合格し、その後45歳での大学入学だった。父親の経営する会社の専務取締役だから毎日は通えないため通信教育課程だったが、スクーリングには全て出席しての卒業だった。
 少年時代の彼は高校に入るには入ったが、大勢によらずわが道を行こうとする気持ちが強く、また校風になじめず、気の合う仲間とだけ付き合っていた。勉強もしなかったため親や先生方を困らせた。結果、高校をやめることになってしまった。
 しかし、父親の金属加工業の会社で働き始めたことで変わった。三十代中頃までは無我夢中で働いたそうである。周りの人たちが関心するほど努力した。しかし、努力しても報われない経済の不条理の壁に突き当たることもあり、限界を感じ始めた。「何とか打開したい。他の道はないか。そうだ、世の中は電気で動く。電気を学ぼう」と行動を起こした。それが当学院への入学だったのである。
 学院の授業は非常に新鮮だったと彼は言う。「学院では本質から考え理論的に系統的に積み上げことを大事にする」そしてなぜ? どうして? に応えられる力を養いなさいと指導される。これはかつて学校で言われた「覚えなさい、暗記しなさい」とは違って「合理性があり、素直に受け入れることができました」と。
 電気の世界は初めてだったが、基礎から構築していく学習法は面白くヤル気が湧いてのめり込んだ。そして、苦労しながらも猛勉強の末、めでたく3種合格、そこでじっくり考えた。「会社経営で疑問を感じた経済について学びたい。大学に行こう」
まず、高卒認定試験を受け合格の後、大学の受験勉強へと進んだ。大学の入学試験は学院で強くなった物理で受けたため苦労はしなかったという。
 大学で学んだことは大きかった。経済現象やその発生システムなど、理解が深まるにつれ視点が変わる、そうすると今までの経済活動で感じた理不尽なことに思い至る、不経済なことに気付く、それが会社の改善につながる。大学の勉強も学院での電験学習中に経験した道筋と同じで、大変ではあったが楽しかったそうである。
 大学の卒業式には奥さんを伴って出席し、終わるとすぐに学院に来てくれた。その時の写真が残っている。穏やかな、しかし、自信に満ちた良い顔だ。奥さんの顔も明るい。「夫を信じて歩んで来て良かった」と、言葉には出さずとも笑顔が物語る良い写真だ。
 5月、彼は電気主任技術者として独立した。顧客の数はまださほど多くはない。しかし、せっかくここまで来たのだから、学んだ経済の知識を仕事に生かしたい。本当の経済活動とは直接エンドユーザーと対話できることと思っているが、この仕事はまさにそうだと感じている。
 今、彼は言う。「主体性が求められる大学教育は私には非常に合っていました。今までなんとなくしか分からなかった経済システムの理解を深めることができ、あらためて生きる力が湧きました。今、働く本当の意味を深く考えながら仕事をしています。全てが生きるための行動です。偏差値が全てと言う人がいますが、それは違うと思う、その実験材料が私だと思っています。あと30年くらいは人と違うことを考えて生きて行きます」
 「私は自分のしたいことをしているだけ」と言う彼の今後を楽しみにしている。
(つづく)

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