東京電気学院

 

学校概要

1984年開校
電気主任技術者試験
三種・二種・一種
電験予備校
東京電気学院


〒171-0021
東京都豊島区西池袋
3-30-10 ライオンビル5F
Tel:03-3982-6493
Fax:03-3982-6407
MAIL:info@e-denken.jp

 

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2種合格 ソムリエからの転身  瀧田さん(28歳)


電車に揺られ30分、大抵の人はスマホをいじるだろう。しかし、私は参考書だ。毎週末そんな生活を3年間続け、私は電験三種と電験二種、そしてエネルギー管理士に合格した。
ソムリエという全く畑違いの仕事をしていたが、父の勧めもあり電験の世界に入ることに。「やるからには本気でやろう、1年で合格しよう」と学院に入学。
 
1年目、勉強の仕方など右も左もわからなかったが、学院では様々な先生が多種多様な鍬で土の掘り方を教えてくれる。しかし、そう上手くはいかず、すぐに硬い岩にぶつかる。そこで、先生の「頭が悪いんじゃない。手が悪いのだ。」という言葉に従い、授業でとったノートと教科書を見返し書きまくることにした。
現象を自分なりにイメージし図を描き説明し、ストーリー立ての出来るまで何度も何度もくり返しノートに書いた書きまくった。結果的にこれが良かった。点々でしかなかった知識が繋がって線になって行くにつれ、応用力が付き出題者の意図も見えて来る。「面白い!」のめり込んだ。
垂直方向にしか掘り進めていなかったのが、横に広げる方法に気付いたとき、もはや勉強中毒になっていた。こうして1回の受験で三種に合格した。
 
2年目、二種講座には進まず、基礎固めのため再度、三種講座を受講した。1年目には気付かなかったことに気付く、思いの行かなかったところに気持ちが行く。まだまだ浅い自分に気付き、電気の奥深さを思い知らされる。また、みんなの前で問題を解いて説明する機会も増え、否が応にも自分の弱点に気付かされ、これがまたいい勉強になる。これを基に自分なりのまとめノートを作成した。(これは今でも重宝している)
 この年はエネルギー管理士受験後、力試しと思い二種を受検した。結果的にはエネ管は一科目落としたが、二種一次試験は合格、しかし、二次試験は手も足も出ず惨敗。悔しい気持ちはなく「エネ管も二種も基本は三種にあり、この2年間三種で基礎固めをやってきたことが実を結んだ」と確信した。

3年目、いよいよ二種講座へ、二種講座は授業の質・量ともに重過ぎる。とてもじゃないが追い付けない。そこで重要なのは、①試験までのスケジュール管理②過去問の項目分け及び得意・不得意項目の把握③運用能力、の3つである。
 ①はただやみくもに問題を解いたり復習しているだけではダメだ。試験までの限られた時間の中で授業の復習と並行して、論説対策は何時までにまとめるか、計算問題は3か月で過去問を1周こなすとなると1週間で何問解くか等の感覚を掴まなければならない。②は各項目の頻出問題とそうでない問題とを分け、その中で得意不得意な項目を把握する。ここで重要なのは「よく出題されるが苦手な問題」だ。これが自分の弱点だ。この部分をしっかり復習することが全体の底上げに繋がる。私の場合は特に論説が苦手だった。問題をピックアップしても、言い回しが難しく出題の意図が分からなかった。しかし、丁寧に見てみると二種レベルと三種レベルの問題に分けられ、三種時代に勉強した項目に気付き「これならいける!!」と思い、早速ポイントだけまとめた論説対策ノートを作成し繰り返し復習した。こうして、私は弱点を克服した。③は二次試験の最大の特徴は記述式という点である。知っていることをただやみくもに書き出すのではなく、まず頭の中でストーリー立てしてから必要な道具を必要なだけ並べるのがポイントだ。
 以上のことを「二種講座」で学び、試験前は追い込みの「二次試験対策講座」に突入。今では思い出したくもないが、荒行、苦行だった。いわゆる先生からの千本ノックだ。できなければプレッシャーをかけられ、例えできたとしても「この計算は無駄だ」と罵られモチベーションはガタ落ちだ。そんな時は同期の仲間達と授業後飲みに行き傷の舐め合いだ。ただ、この苦行を乗り越えると自分でも驚くほど力が付いて来ているのを実感する。1年前までは二種は手の届かない存在だと思っていたが決してそうではなかった。お陰でエネルギー管理士も電験二種も取得することができた。
 
私は幸せ者だ。このような経験ができたのも一緒に切磋琢磨した同期の仲間達と手厚いご指導をしてくださった先生方や先輩方のお陰です。感謝の気持ちでいっぱいです。
これからが本当のスタートであると思うので、真の電気技術者になれるようまだまだ頑張ります。

 

電験二種、奇跡の一発合格  佐藤さん(40歳)


配電工事業に携わっているものの、電気についての知識が全然なかった自分が、三種合格後、初めての2種受験で合格できた体験を振り返ってみたい。
電気主任技術者を目指して静岡から東京電気学院に通学して2年目、何とか3種に合格しホッとしたのもつかの間、2週後の9月中旬から「2種入門講座」がスタートした。「2種入門講座」は3種と2種の橋渡しと言われているが、2種では必須となる微分積分・ラプラス変換等を学ぶという、文系出身の自分にとっては難しい講義であった。微分積分の計算がなかなか使いこなせず、計算力を武器として身に付けることができずに苦労した。
年が変わり「二種講座・本科」が始まると、いきなり授業がスピードアップした。朝の確認テストは2次試験レベルの問題が出される。しかし、答えが書けない。前回の授業でやったことができない。焦った。しかも毎週のように授業が迫ってくる。2種では予習が大事と言われているが、予習どころか復習も満足にできず確認テストは散々だった。全員分の解答が前に張り出されて、先生方や同期の仲間達に自分の不甲斐ない解答を見られ、恥ずかしかったし悔しかった。このままではいけない、日々の仕事に追われながらも悔しさから毎日勉強し続けた。
そして、9月頭に1次試験を受験。最初の理論科目の難題に戸惑いつつも何とかこなしたが、配電工事業での実務で分かっているからと油断していた法規科目が自己採点の結果ギリギリで、2次試験に進めるかどうか分からないという、宙ぶらりんの情けない有り様になってしまった。

学院では1次試験が終わった翌週から「二次直前講座」がスタートする。授業は2次試験スタイルである。朝イチで120分一本勝負、6問中4問を選択し決められた書式の解答用紙に時間配分も考えながら答えなければならない。解答用紙に制約があるので書きたいことを全部書けば良いというものではなく、ポイントと解答までのプロットを考えて書くという非常に難しいものであった。「解答というものは採点者に向けてのメッセージである、採点者フレンドリーの解答を書くように」と叩きこまれた。先生方や先輩方からは、直前講座は「荒行のような厳しさだ」と聞いていたが、確かに辛かった。1次試験の合否も分からない中で「進むも地獄、進まぬも地獄」といった状態で、自分の未熟さを嫌というほど思い知らされた。そんな中、10月上旬に1次試験の合格が分かり、ようやく腹をくくった。
それからは日々、過去問を解く毎日だった。タイマー片手に過去問を1問何分で解答できるか、見やすい字か、構成はおかしくないか等、色々注意しながら1つ1つの問題と格闘した。
2次試験2週前には直前講座そのものは終了したが、残りの土日は同期の仲間達と学院に通って「自主トレ」をした。問題を解いて行く中で、あれもこれもと不安になりできない問題にまで手を出そうとしたが、Nさんが「同期機と直流機は出ない!」とバッサリ切り捨ててできる問題に集中しているのを見て自分の焦りに気づき、できる問題のスピードアップとあと一歩の問題を確実にこなせるように取り組んだ。

試験当日、電力管理は思ったようには解答できず自信がなかったが、機械制御では、学院では3種の講座で習う(吉田先生には「100回は書いて手に覚えさせろ!」と言われた)誘導機のトルク導出式の問題がそのまま出され、また、自動制御の問題も難なくこなし完答、手応えを感じた。合否は電力管理の採点次第だ、「何とか通ってくれ!」と願った。
そして2月、自分としては予想外の合格!!! もしかしたら、また1年頑張らなくてはとなってしまうかもしれないと身構えていたので、本当に嬉しかった。
しかし、電気主任技術者として自分の実力はまだまだだと認識しているので、3種で習った基礎を土台に苦手な分野や後回しにしていた事柄を勉強して、主任技術者としてふさわしい真の実力を身に付けたい。

最後に出来の悪い我々に、手厚い指導をしてくださった片桐さん、諸先生方に厚く御礼申し上げます。特に、出来の悪い私を見かねてかどうか,2次試験2週前にY野先生が「佐藤さん、東京に遊びに来てるんですか?このままでは2次試験は無理ですね。」と冷たく言われたことに深く感謝します。先生のこの言葉に大いに発奮させて頂きました。
もう一つ、試験を乗り切ることができたのは同期の仲間達のお陰であると思っています。辛い時にはお互いに励まし合い、また、同期だけには負けたくないと競争心をあおられ、大きくモチベーションに繋がったこと、本当に有難いと思っています。まだまだ長い付き合いになりそうですが、今後ともヨロシク!

 

二種合格  西山さん(48歳)


完璧な文科系ドイツ語専攻、海外向けの営業を経て脱サラ、コンビニと弱電関連会社を経営という私が「もう一歩前進しよう」と考えた。「そうだ、電験3種だ」
しかし、電気にも“やや”興味があり電験の存在も知ってはいたが、どう取組んでいいのか全く分からない。そんな時、ネットでひっかかった学院の説明会に何となく参加したのが2011年9月。そこで様々なお話を通して学院の理念に感銘を受け、先生方や先輩たちの真摯な態度にも驚きというか衝撃を受けた。「ここでやるぞ!」
そもそも文科系出身の自分にとっては“数学”は嫌悪の対象でしかなく、1年目は分数を思い出す事から始まった。分数の計算やら文字式やら、いつも頭は拒否反応。「考え方を理解するんだ」「電気の本質を理解するんだ」と何度も自分に言い聞かせるが、新しい考え方を上書き保存するたびに当然ながらそれ以前のことは自動的にデリート。頑張って早起きして学習する習慣を身につけたものの、成果になって現れる日がいつまでたってもやってこない。いつしか焦りのあまり、学院の教えに反し「理解するよりも答えを出す事」を優先するようになってしまっていた。1年目の3種は「機械」に全く歯が立たず落とした。「もう一度、予科からやり直そう」
1年目は午前の授業でヘトヘトになったが、2年目になり午後まで付いていけるようになった。また、合格生のノートを見て、「合格する人とそうでない人でノートのまとめ方がこんなにも違うんだ」と遅ればせながら気が付いた。この気付きが良かった。先生方から自分の「まとめノート」を作りなさい、と指導を受けていたのだが、この指導に従わなかったから1年目は理解を深めることができなかったのだと思う。新たに作った「まとめノート」と「問題を解くよりも理解を優先する方針」で学習に臨んだ。結果、2年目は3種とエネルギー管理士に合格できた。

3年目、2種生となった。教室にはこれまでの諸先輩が使われた書籍やレポートがたくさん置いてある。どれを見ても内容はものすごく濃く深みがある。電気が科目ごとではなく科目を横断して結びついている。「自分もこうなりたい」
授業も格段にレベルアップした。しかし「諸現象の根本にあるのは3種で学んだこと」、と先生方にも指導されたし自分自身取組んでみてそれがよくわかった。学んでいて何か腑に落ちないときや迷路にはまりこんだときは、必ず3種の「まとめノート」に何度も何度も立ち返った。特に二次試験の論述問題に対応するには、3種まとめノートレベルがスラスラ書けないと突破することは難しい。「自分の言葉で説明できる」ように練習した。一次試験が終わってからは二次直前講座にて問題演習に取組んだ。「毎日、勉強しないと落ち着かない、問題を解かないと落ち着かないレベル」までやりこんだ。
学院の授業がない日も2種生の仲間で集まり切磋琢磨した。仲間と共に取り組んだことで急激にレベルアップしたと思う。いい仲間に巡り合い一緒に学べたことは大きかった。彼らの頑張りが自分をレベルアップさせてくれたのだと思う。片桐さんの日々の叱咤激励や講師の方々の「こんなの3種レベルでしょ!」のような厳しいお言葉、これらが全てヤル気を引き出してくれ自分の力を二次試験でピークにもっていってくれた。

そして、とうとう試験日が来た。下記は受験後、会場正門前で落ち合った学院生仲良し3人の会話である。
Sさん「機械はどうだった?」(笑顔)
Tさん「ほぼパーフェクトでしょ。今年はオリンピックイヤーでしょう!」(満面の笑み)
自分「でも電力がなぁ...」(何とかなるかな程度の笑顔)
Sさん「問1失敗したかも・・・」(何とかなって欲しい笑顔)
Tさん「機械で挽回できるから大丈夫でしょ。」(もう合格確信レベルの笑顔)
暗い顔して脱力感を漂わせながら三々五々引き上げる受験生の中で、声高らかに笑い声をあげているのは我々3人だけ。周囲の受験生たちのヒンシュクを買っていたのは間違いない。
しかし、合格発表を待つ2ヶ月半は長かった、何度も問題を解き直し採点し直す、果たして本当にこれで良かったのかなと心配になる、日を追うごとに3人の顔から自信と笑顔が引いていったが・・・、最終的に3人ともめでたく合格した。

「合格コンパ」でのお酒は美味かった!先生方、先輩方、同期生達と飲む合格酒はこの上なく美味かった!
今、ホッとしてはいるが自分の実力たるやピークの半分程度に戻っていると痛感している。だから、これで終わりにしたくはない。ピークの力をいつでもどんな状況でも発揮できるよう今後とも精進を続けていきたい。この上を目指して、また学院で勉強を続けている。

 

青年海外協力隊から電気主任技術者へ( 二種合格 ) 岩田さん(43歳)

 水産学部で学び、卒業後、青年海外協力隊に参加、水産養殖隊員としてアフリカはケニアのニャフルルでニジマス養殖農家の指導をして2年。帰国後は父の仕事の関係でビル管理業に就く。そこで初めてビルは電気で動くことを知った。「電気の勉強をしよう」出入りの電気保安協会さんから基礎から学べる学校があると聞き、東京電気学院へ。
 三種「予科」初日の授業は今でもよく覚えている。
 静電気の授業だったが先生の講義が分からない、日本語なのに全く理解できない、辛い日々だった。
そんなときある先生が、ご自身の予科時代のノートを見せてくださった。そこには問題文に対する解法のストーリーが自分に説明するように書かれていた。式だけではなく、言葉の定義、物理現象のイメージを書き表したイラスト、参照したテキストのページ数も書き加えられていた。この方法なら私にも出来る。それ以降は自分で自分に説明するように少しずつ復習していった。当然、時間はかかる。だが、この勉強法しかやりようがなかった。やがて勉強のコツを掴み始める。ボードの板書だけでなく先生が口頭で説明した言葉も筆記。バラバラだった知識が繋がり始める。復習確認テストも図や言葉で説明する解き方を評価してもらえ、よく貼り出されるようになり励みになった。嬉しかった。
 そうなると勉強が面白くなる。もう中毒だ。毎日の勉強時間はどんどん増えていった。だが5時間勉強すると疲れて体調が悪くなり継続は難しい。毎日の勉強時間は4時間にとどめるようにした。
そして2年目理論合格、3年目で残りの科目合格。嬉しさよりもホッとした。その後、周囲の勧めもあり二種講座に進むことになった。
 二種は苦戦した。最初の年は二種一次試験とエネルギー管理士の全科目で不合格。足踏みの最大の原因は三種と二種の勉強法の違いに対応できなかったことにある。三種は復習を中心とした勉強法だったが、二種は予習を中心とした勉強法にシフトすべきだった。だが実際問題、この切り替えは容易ではなかった。自分でスケジュールを組み、学習分野を予め自学自習する。これをすることで授業を追いかけることができ、二種講座を復習に使えるようになる。非常に苦労したが、これが出来るようになってようやく一次試験とエネルギー管理士の合格になった。
 さて、二次試験の最大の特徴は記述式という点である。
 問われていることに正確に答えない限り加点はされない。この問題は何を問われているのか、原理か、特徴か。ではそれを採点官に分かり易いように、どう答案用紙に表現するのか。図にまとめるのか、言葉で記述するのか、使った技術用語は的確なのか。授業では各自の答案を切り口に、懇切丁寧に指導していただいた。
 特に役立ったのが論説問題の答案作成にある。知っていることを全部書こうとしては、結局時間切れになる。何を書くのかではなく何を書かないのかがポイントだと知った。
 計算問題は単位法や電力円線図など一人では飲み込み難い内容を中心に学んだ。一つの道具でいくつもの計算問題を処理してゆく。今まで苦手だった計算問題が得意になっていったのは大きな収穫だった。
授業は事前にすべて予習した上で受けた。量の多さに負けそうになりながら「こんなに恵まれた環境にある受験生は全国でも自分たちだけだ」と思い踏みこらえた。だんだん取り組むべき課題が明確になってゆき、自分の中で地図が出来てゆく感覚があった。直前の不安な時期に課題をこなすことに集中できた。結果、二種合格!
先生方からは「不器用ではあったが、モチベーションの落ちなかったことも、粘り強さも努力も、当学院きっての生徒だった。これほどの頑張りは類を見ない。よく継続できたね」と言われた。 
 モチベーションが維持できたのは、毎日の勉強を習慣化出来たからだ。
 「今日も2問解けた3問解けた」その過程でどんどんエネルギーが湧いてくる。同じ問題を同じように解くのではなく、角度を変えて解くとその度に新たな発見が増えてくる。自己肯定のサイクルを廻すとエネルギーの泉が湧き上がる。そしてそれが大きくなってくる。そんな感覚だった。
 いま改めて感じているのは、基礎知識を自在に使いこなすことの重要性だ。基礎知識を習熟ししっかり使いこなせれば、どんな分野でも十分こなせると思う。ことさら新しい知識を追い求めても身にならなければ意味はないのだから。
 学院の学習は日常の仕事においても大変有効であった。問題点は何か、お客様は何を求めているのか、とり得る対応策は何か、そのうち何を選択するか。立場の異なるビルオーナーやテナントにも作業の手順を説明出来るようになった。仕事の進め方も変わり、初めて仕事をする人ともスムーズにやりとりが出来るようになった。クレームが大幅に減り、落ち着いて仕事が出来るようになった。
 ここまで来られたのは、全くゼロからの三種時代から丁寧にご指導いただいた先生方や先輩方、一緒に学んだ仲間たちのお陰である。一人ではとても合格出来なかった。これまで支えてくれた皆さんに感謝の気持ちでいっぱいである。最後になったが、長い受験生活をいつも傍にいて支えてくれた妻に心から感謝している。

 

文系出身や遠方通学者も合格

ワクワクする授業が勉強の楽しさを教えてくれた

大塚さん(37歳)

 

教育学部の卒業だが三種は独学で合格。その後二種学習のために、学院の三種“予科”からやり直し二種合格。学院の「結果主義でなく過程を大事にする考え方のワクワクする授業」が勉強する楽しさを教えてくれた。世の中が結果主義や打算主義になっても学院は今のままであり続けて欲しい。

 

 

新潟県から通学、三種、二種と合格し父の後継ぎに

高橋さん(41歳)

 

経済学部卒業、電気も数学も縁のない営業職、それが電気管理自営業の父の跡を継ぐことになり、まずは三種を、と独学で挑戦したがうまくいかず、学院に入学した。ゼロからだったから本当に大変だったが「ここでリタイアしたら男がすたる」と二種も頑張った。皆さん、決してあきらめないことです。努力は必ず報われます。次は一種だ!

 

 

電気の本質を学んで合格

苦しかった、辛かった、だからこそうれしい !!!

西村さん(40歳)

 

化学科卒業、電気には全く縁がなかったが必要に迫られ工事士から勉強。電験はきちんと力の付く勉強をして合格したいと東京電気学院へ。学院の方針、授業には何度も感銘を受けた。先生方、事務局には質問攻めで大変な労力をおかけしたが、1年目三種合格、続いて次の年二種合格。心配をかけ続けた父、支え続けてくれた妻に感謝!次は一種だ。

 

 

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